原子力資料情報室・共同代表の伴英幸さん死去 福島事故対応など批判
原子力に依存しない社会の実現をめざすNPO法人「原子力資料情報室」共同代表の伴英幸(ばん・ひでゆき)さんが10日、死去した。72歳だった。同室が11日、発表した。病気で療養中だったという。
三重県出身。1975年、早稲田大卒。90年に原子力資料情報室のスタッフとなり、98年に共同代表に就いた。
政府の原子力小委員会委員などを務め、東京電力福島第一原発事故の対応や、国の原子力政策に批判的な立場から発言した。
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原子力に依存しない社会の実現をめざすNPO法人「原子力資料情報室」共同代表の伴英幸(ばん・ひでゆき)さんが10日、死去した。72歳だった。同室が11日、発表した。病気で療養中だったという。
三重県出身。1975年、早稲田大卒。90年に原子力資料情報室のスタッフとなり、98年に共同代表に就いた。
政府の原子力小委員会委員などを務め、東京電力福島第一原発事故の対応や、国の原子力政策に批判的な立場から発言した。
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伴英幸さんは、原子力資料情報室の共同代表であり、脱原発の実現を訴える市民団体の一員でした。彼女は72歳で、がんのため東京都中央区の病院で死去しました1。伴英幸さんは、1979年のスリーマイル島原発事故から原子力問題に関心を持ち、勤務先の生活協同組合でも原発問題に取り組みました。1981年、勉強会の講師に招いたことで高木仁三郎さんと出会い、1986年のチェルノブイリ原発事故をきっかけに原子力資料情報室で働くことになりました2。
彼女は、原子力工学や物理学などを専攻していない分、原発にかかわるさまざまな問題に関心を持ち、推進する人たちの主張を知りつつ、原発に反対している現場からも離れないように心掛けていました。趣味は川釣りで、事務所ではおやじギャグを連発してスタッフを寒がらせていました2。
伴英幸さんの没後、葬儀・告別式は近親者のみで行われる予定です1。彼女の功績と遺産は、脱原発運動において重要な役割を果たしたと評価されています。
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