93歳アマチュア無線家、今日も元気に「聞こえますか?」 南極基地とも交信歴あり(南日本新聞) - Yahoo!ニュース
「こちらJI6SRXどうぞ」-。鹿屋市吾平町上名の元獣医師、安田祺太郎(きたろう)さん(93)はアマチュア無線歴40年。無線機の前に毎日座り、1日2回は必ず世界中に向けて交信を呼びかける。「見ず知らずの人とつながり会話が弾む。自分の知らない世界が開けることは、いくつになっても楽しい」と語る。 人との交流が好きで、アマチュア無線の免許を取った。当時は会員制交流サイト(SNS)はもちろん、インターネットさえ普及していない時代。「遠くの誰かと通信できることが夢のようだった。南極昭和基地の隊員とつながった時は感動した」と振り返る。 最も思い出深い出来事は、日本人で初めて太平洋を単独横断している真っ最中の堀江謙一さんと交信できたこと。世界中の無線家が堀江さんと電波をつなごうと「大変な競争率」だった。何とか目立つため、コールサインの後に「鹿児島、鹿児島」と連呼した作戦が奏功し、堀江さんに「鹿児島の人どうぞ」と応じてもらえた。
「ハワイの数百キロ沖にいます」「海の上でビールを飲んでいます」などと、たわいない会話だったが今でも鮮明に覚えている。「自分も船に乗っているような気分だった。身震いするようなうれしさがこみ上げてきた」 鹿児島県内はもちろん、秋田や神奈川など全国各地に“無線仲間”がいる。みんなから「きっと最高齢のアマチュア無線家だ」と声をかけられる。最近は足腰が弱り、耳も少し遠くなったが、「友達がいるから続けられる。毎日声を出しているから心はとても健康」とにっこり。「無線のおかげで視野が広がった。何より出会いがうれしく、一生涯続けていくつもり」と語った。
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